ネコの視点から都市を見直す隈研吾氏とのリサーチプロジェクト
Takramは、「隈研吾展ー新しい公共性をつくるためのネコの5原則」にて、ネコの視点から都市を見直すリサーチプロジェクト『東京計画2020 ネコちゃん建築の5656原則』を隈研吾氏とのコラボレーションで制作しました。
「いまの時代、都市についてなにかを提案するとしたら、高度経済成長期のように都市を上から見るのではなくて下から見るべきである」という隈氏の言葉をもとに、東京・神楽坂でのフィールドリサーチや猫専門獣医など専門家へのリサーチを行いながら、神の目線でも人間の目線でもなく、ネコの目線から見た都市計画を行いました。
例えばGPSを使ってネコの行動を観察してみると、道路や土地の所有権など、人間のつくった様々な制約に囚われないネコの縦横無尽な行動パターンが見えてきます。一箇所に定まらず「テンテン」と暮らし、「ザラザラ」した質感や隠れられる「シゲミ」を好み、目に見えない匂いといった「シルシ」を頼りに、小さな体に合った「スキマ」に入り込んで自ら「ミチ」をつくっていく。そんなネコの生態を知り、ネコの視点に立ってみることで、新しい都市や公共性のあり方が見えてくることでしょう。
今からおよそ100年前、生物学者のユクスキュルは、生物がそれぞれの感覚や身体を通して生きている世界を「環世界(Umwelt)」と名付けました。生物はそれぞれ種によって異なる感覚器や身体をもち、それらを通して世界を捉えている。つまり、同じ世界を生きているようでいて、生物はそれぞれの種に固有の「環世界」を生きているというわけです。
紫外線が見えるチョウや、超音波を使って空間を把握するコウモリには、世界は人間とは全く違って見えているでしょうし、同じ人間同士であっても、その感覚や身体の違いの分だけ世界は違ったものとして捉えられているでしょう。
本作のテーマは、言ってみれば「ネコの環世界」から考える都市計画です。
これまでの海上都市をつくるといった壮大な都市計画は、上空といういわば神の視点から俯瞰した模型やCGで提示されてきました。本作の企画当初から意識したのは、そうした俯瞰視点の都市計画ではなく、そこで地に足をつけて生きる多様な主体の視点から見た都市計画です。
当初はあくまで生活者である多様な「人間」の視点を多視点で提示する展示プランもありましたが、隈氏とのディスカッションの中で、あえて人間の視点ではなく、そこで生きる別の生物の視点を中心に据えて都市を捉え直すというアイデアが生まれ、隈氏サイドから提案されたのが「ネコの視点」でした。
改めて「ネコの視点」で都市を眺めてみると、現在の都市計画が、当然ながら人間の生活や移動を中心に設計されていることに改めて気づかされます。リサーチでお話を伺った慶應義塾大学SFCの石川初教授も指摘されているように、人間がつくった柵や塀や道路によって隔てられた区画や制約に囚われずに縦横無尽に行動するネコの行動を見ていると、人間が知らず知らずのうちに自分たちが作ってきたそういった区画や制約に縛られていることを逆に思い知らされます。
本作品の制作過程では、鑑賞者がいかにそうした人間とは異なる「ネコの視点」を感じることができるかに挑戦しました。
まずは、ネコの生活をつぶさに観察し、ネコたちが普段街中でどのような生活をおくっているのかを詳細にリサーチすることからはじめました。今も地域ネコが生活をする「神楽坂」に場所を絞り、そこで暮らすネコたちの行動を観察してみると、思いも寄らない場所を歩く姿や、地元住民との関係といった、ネコたちの営みを知ることができました。さらにはネコの飼い主にGPSを用いた実験に協力して頂くことで、ネコたちの実際の行動範囲や活動時間といった、普段は見えない実態も可視化することでわかってきました。
また、ネコの行動の理解には観察だけでは足りないことも、今回の大きな学びの一つでした。ネコの専門獣医をされている山本宗伸先生にお話を伺うことで、今のコンクリートで覆われた東京が、ネコにとっていかに住みづらい街に変わりつつあるかなど、学術的な目線からのアドバイスからも多くのヒントを得ることができました。
リサーチやインタビューを踏まえ、制作チームでは「ネコの目線」に立つ表現方法について、様々な議論を繰り返しました。写真や模型といった既存の手法から、ARやVRといった没入型デバイスを用いる方法まで、幅広く検討した結果、3DCGを複数画面で見せる方法が選ばれました。3DCGを用いることで、ネコの主観視点が描けるだけでなく、人間側の視点など、そこで生きる多様な主体の視点を行き来するようなカメラワークが可能となり、都市をより多面的に描くことができます。また、光や質感などのリアリティを高めるだけでなく、普段は見えない「匂い」を「霧」として表現したり、プロジェクションマッピングの手法なども用いることで、猫が生きているであろう環世界を体感してもらうための様々な工夫を盛り込みました。
こうした「猫の環世界」を描くことで伝えたかったことは、いかに普段わたしたちが人間中心の考え方に囚われて生きているかという気付きです。人間なのだから普段「人間の環世界」を生きているのは当然ですが、人間には同時に、他者の環世界を想像する力が備わっているのです。
人新世とも言われる今、気候変動をはじめとして世界は様々な課題に直面し、これまでの人間中心的な考え方を改めようという動きが広がっています。自然を制御するのではなく共生するためのテクノロジーの潮流、行き過ぎた資本主義を見直し豊かさを再定義しようという動き、そして、人間とは何かを問うてきたアート、思想、哲学に至るまで、様々なかたちで「脱・人間中心主義」が語られています。自然との二項対立のなかで、人間の生活環境をいかに構築していくかという部分に主眼が置かれてきた建築や都市についても、これまでの人間中心主義を見直すべき時が来ているのではないでしょうか。
今回の作品は、その小さな一つの試みに過ぎませんが、本作を見た来場者が、ほんの少しでも「ネコの視点」から街を感じ、会場を出たあと、人間以外の視点を想像してみることで、普段の街の見え方が少しでも変わるようなことがあれば、本作の取り組みは成功といえるでしょう。
Kengo Kuma
KENGO KUMA & ASSOCIATES, INC.
,The National Museum of Modern Art, Tokyo
KENGO KUMA & ASSOCIATES
,Ayumu Nagamatsu
TANGE FILMS
,Ayumu Nagamatsu
Masumi Takino
Ton, Sun, and Sanae Iwasaki (mugimaru2)
Masanobu Yamamoto (Tokyo Cat Specialists)
,Hajime Ishikawa (Keio University)