OVERTURE

TOSHIBA LED lighting installation for Milan furniture festival, 2009

OVERTURE」とは、すなわち「次世代のあかり文化への序曲」を意味しています。このインタラクティブ・インスタレーションは、LEDという新しい光源の到来に象徴される、照明とあかり文化のパラダイム・シフトを表現しています。
ミラノ市内トルトナ地区の、とある会場。薄暗い無限回廊のような空間には、電球型のガラス製オブジェが約100個ほど吊るされています。オブジェの中には水が入っており、この水の表面を、LEDが上部から照らし出します。きらめく光を手のひらに持つと、鼓動に似たような振動を感じることができます。このとき、鼓動と連動するように、ほんの少し灯りが増幅します。また空間を歩き回ると、来場者の動きを捉えるかのように、近くのオブジェの灯りが、ふっと強くなります。

テーマ: 白熱電球をモチーフとしたLED照明の表現

2009年というタイミングで東芝が欧州展示を試みた背景にあるのは、LEDの事業の海外展開の本格化、という大きなビジョンでした。2011年の時点で、欧州での白熱電球生産はほとんど停止され、光源はほぼLEDに置き換わっていくことが既に見えていました。そのため2009年というのは、白熱電球からLEDへの変換期にあると言えます。「LEDの価値を表現するような、インタラクティブな展示を」という漠然としたリクエストと共に、「モチーフとして白熱電球のシルエットを用いたい」という条件が、我々に提示されたのです。

アプローチ: 「灯り」という企業文化の具象化

東芝社内のプロジェクトメンバーも含めて、いろいろな人の話を聞くうちに、「灯り」というものが長年に渡り、東芝の主力ビジネスであり、企業価値であり、アイデンティティであるという事実が浮き彫りになりました。昔はろうそく。それがガスになり、さらに白熱電球、蛍光灯に進化し、今日それがLEDに置き換わろうとしています。そんななか、改めて灯りが、私たちの日常生活において掛け替えのない存在であることに気付かされます。「東芝はデバイスへのこだわりがあるのではなく、灯りと生活の周辺で起こる価値の変化に関心があるのではないか」とTakramは仮説を立てました。こうして、「さまざまな関係者の思いを読み解き、白熱電球に宿っている文化的な遺伝子の価値を伝える」というアプローチにたどり着きました。

メッセージ: 灯り、空間、文明の繋がり

白熱電球を開発したエンジニアの深い知識と献身的な努力に思いを馳せる。白熱電球という光源を初めて使った人々や、それによって照らされた生活…。140年前に白熱電球の大量生産を開始したことが、東芝の事業のきっかけになっています。東芝にとって、そしてもしかすると多くの人の無意識の中で、「電球」というシルエットは、単なる「光源」という枠を超越した特別な存在なのかもしれまあせん。電球は、ひらめきのシンボルや、照明そのものを象徴するアイコンとしての意味も持っています。

技術の移り変わりの中でともすると失われてしまうかもしれないこの形状を、展示の中に留めておきたいー。そのような意図が、無意識的に東芝のプロジェクトチームのなかにあったのでは、とTakramは考えるに至りました。

プロジェクトの詳細

このインスタレーションの会場は、ミラノの「トルトナ地区」に位置しています。約120平米程の少し入り組んだ空間。壁に規則的に並んでいるのは、アーチ型に切り取られたミラー。床に敷き詰められているのは砕いた大理石です。 空間全体に吊り下げられているのは、約100個の電球型のオブジェです。オブジェの中には水が入っており、上部からLEDの光が水面を照らします。また、このオブジェは両手で包み込むように触れることができます。 人が歩くと、その軌跡を照らすように電球型のオブジェに明かりがともります。さらに、電球に触れると、光は波打つように明滅を始めます。掌の中に感じるものは、光の明滅にシンクロして響く小さな鼓動のような振動です。

このプロジェクトは、東芝とTakram、建築家の松井亮さんの三者のコラボレーションにより実現され、イタリアのミラノ・サローネにて行われました。 毎年行われるこのイベントは、家具の見本市のほか、インテリアや小物、照明などの見本市も含まれています。フィエラ展示場で開催されるイベントと、同時期にミラノ市街で様々なブランドが独自に行うイベントからなっていて、全体を総称して、「ミラノサローネ」と呼ばれています。近年ミラノサローネは、企業やブランドの見本市としても有名です。

本展「OVERTURE(次代の照明への序曲)」では、LEDをはじめとする新しい光源の登場によって照明にもたらされるパラダイムシフトを表現しています。人の動きに呼応しインタラクティブに動作するLEDオブジェと、鏡のアーチが織りなす無限に広がる空間により、照明のパラダイムシフトや新しい光のもたらす可能性が体感できようになっています。この体験は、単なるハードウェアによって提供される単純な「光」を超越し、人の感情や感受性を思い出す「灯り」を表しています。ひいては、「あかり文化」に対する東芝の献身を体現し、さらには照明のイノベーションと人と光との新たな関係を追い求めるものです。

新しい技術が古い技術を置き換えるとき、一足飛びにそれが我々の生活の中に浸透することは、実にまれです。そのような場合は、以前の技術が持っていた形状や体験を、新しい技術が部分的に引き継ぐこともあります。例えば、車はかつて「馬のいない馬車」と呼ばれ、人々はその存在を理解しました。さらに、テレビは当初モニターが埋め込まれたキャビネット、つまり家具として販売されました。そのようなプロセスを経て、民衆の新技術に対するためらいは徐々に取り除かれていきます。その点、LEDも例外ではありません。

電球のシルエットが持つイメージと、その文化的な価値。この形状に宿る文化の脈動は、人の心の中に宿る灯りのイメージそのものです。そして、丁寧に扱うことを忘れると、ともすると途切れてしまうかもしれない、儚く無形のものでもあるでしょう。灯りを取り巻く、このような言語化できない文化的な遺伝子の脈動を絶やさずに、次の世代に引き継いでいくことはできるのでしょうか。力強く進む技術革新の中で、この仄かな鼓動を、LEDによって照らされる次の世代に託していくのは、今を生きる私たちの一つの使命かもしれません。

私たちがこの作品において描き出す世界は、未来における灯りのあり方を予言する挑戦でも、過去にすがる懐古主義的なオマージュでもありません。それはむしろ、新技術によって切り開かれ、変容を続ける未来を見据えるための、「現在地」の確認を行う行為であり、これからの方向を定めるための、ひとつの「宣言」です。

電球の丸みを帯びた形は、これまでの光の文化を表しています。私達はこの物体を、繊細な脈動と共に次の世代に渡す役割を引き受けました。あたかも、これが生き続けることを願うかのように、両手でやさしく抱きかかえて。

空間構成と機能

各オブジェは天井から吊り下げられています。天井近くに人感センサーとケーブル用のウィンチが設置されています。人感センサーは近づいてくる人に反応して照明を点灯させます。ウィンチは、当初はビジターが誤って電球を引っ張ってしまった際の安全対策として考案されました。しかし実際は、ウィンチと連動させ、電球を一定の高さまで引き下げると電源が切れ、リセットされるという機能も合わせて実装しました。これにより、天井に機構部分がある従来の照明と比較して、メンテナンス性が大幅に向上しています。

電球の部分に付随して、東芝製のLEDセットが光源に利用されています。(2つの部品から成っており、ひとつは強い白色発光LEDで、もう一つはそれよりやや小さい白熱灯の色に似たLEDです) モーターにつなげたハンマーが金属製の筒の内壁を打つことで、例の「脈動」を作り出しています。 透き通るように輝くガラスですが、この製作は、以前伊東豊雄さんと行った「風鈴」展の時と同じく、墨田区の「松徳ガラス」さんにお願いしました。そもそも大正時代に、電球用ガラスの製造を起源とした会社であるだけあって、非常に丁寧に仕上げていただくことができました。

A motor with hammer, contained in a metallic cylinder, generates the pulsations one can feel when touching this object. More specifically, pulsations are caused by the motor operating the hammer to hit the inner wall of the cylinder at a constant rhythm.

ガラスの中の水には、三つの意義があります。まず第一に美的な理由です。人の触れる手に合わせて緩やかに動く水は、ガラスに新たなサーフェスを与え、光の反射をより豊かなものにします。さらに大理石の砂の上に落ちる光を、揺らめきによって演出します。第二に、技術的な側面。この電球は人が触れることにより光と振動を発しますが、水はこのとき、実は「センサー」として機能しています。通常のタッチセンサーなどの技術では不導体であるガラスに触れたことを感知するのは非常に難しいでしょう。しかしこのシリンダーには静電容量の差分を感知する部品が内蔵されています。水が静電容量を蓄えることで、人の接触をきっかけとして動作します。第三に、水は文化的な遺伝子や、灯りそのものの情緒感を湛える、一つの象徴的な「器」として機能しています。鼓動に代表される「生命感」を表現するために、その有機的な側面が生かされているとも言えるでしょう。

ガラスと筒状の部分の組み立ては非常に容易です。見えないようになっていますが、このデバイスは磁石を利用することで、ねじやドライバーを使うことなく即座に組み立てられるようになっています。ガラスと筒の両方の穴の位置が重なると棒状の磁石が挿入でき、それが双方を固定しています。同様に 分解も磁石一つで可能です。 一つ、来場者の方には秘密にしておいた機能として、「モード変換」があります。筒の部分を特定のリズムでたたくと、異なるモードに切り替えることができるのです。色や明るさのパラメーターにより、合計4つのモードが選択できます。

空間構成

この空間は、一見無限に続く回廊のようにも見えますが、実はアーチの中に切り抜かれて見える奥行のある風景は、すべて鏡に映ったものです。この「アーチ型の鏡」、床に敷き詰められた「大理石の砂」、そして壁を覆ったモアレを生み出す「布」が、空間を構成する3つの主な要素です。

ミラー

アーチ型の鏡は空間を囲むように並べられています。アーチは、古くは紀元前から用いられてきた汎用性のある建築要素です。現在、アーチを必要としない構造の建物でも、普遍的なアイコンの一つとしてその形状を目にすることができます。一方茄子型の電球も同様に、人の生活を支えてきたアイコンです。これらのシルエットは、もはや具象的な意味を超えて、人の記憶の中に象徴として存在しています。展示空間は、情緒的な記憶の継承を担った2つの普遍的なシルエットを重ね合わせることを基調としています。さらに、アーチは隣り合う空間との「結節点」としても機能します。アーチ型の鏡は無限に広がる空間を投影しますが、過去と未来の2つの儚さを繋げるためにも存在しています。そして、鏡は「現在を投影する」ためにも存在しており、現在地の確認という本店のテーマとも呼応しています。

砕かれた大理石の砂利

床に敷き詰められているのは、大理石を細かく砕いてできた砂。電球型オブジェの中に湛えられている水の揺らめきによって拡散する光を受け止める役割を担っています。フラットな床に落ちる光よりも、表情豊かで有機的な光を映し出します。更には、砂利を踏みしめることによって、人の歩みは自然とゆっくり落ち着いていくため、人と光の関係を、より純粋に体感させる効果があります。

Moiré Fabric

砂利を踏む感覚は、本来は自然の中での経験であり、予想もしない砂利が内部空間に広がっていることで、来場者の多くは会場に足を踏み入れた瞬間、足元に新鮮な違和感を感じます。同時にアーチと砂という対照的な素材が、内部と外部の関係を曖昧にし、永遠と広がる抽象的で象徴的な空間を作り上げています。

最終案に至るまで

会場は「デザイン・ライブラリー」と呼ばれる施設です。このロケーションに決定した開催以前の段階では、まだ鏡や砂利といったような具体的な案にはたどり着いてはいませんでした。会場を視察した当初、空間全体を有機的にくねらせた布で覆うような案や、床にいくつものマウンドをつくる案など、いろいろな可能性を模索していました。最終的には、展示のコンセプトとの整合性を考える中、電球型オブジェの視覚的効果を最も高めることのできる、アーチ型の鏡を使った案に至ったのです。分散した合わせ鏡の効果は、単純な矩形ではない入り組んだ形状を持つ場所の特性を生かすことのできる、理想的な解法でした。

鏡のアーチに至った理由には、空間の連続性や情緒的な側面などのコンセプトに整合させたことはもちろん「鏡を工場で単独生産する」という、プレキャスト施工の意図もありました。工期の短いインスタレーションの制作方法として、現場施工を極力無くした製作プロセスとなっています。空間を構成する部品は、鏡のアーチ、壁を覆う布、床に敷いた砂利、と極端に削ぎ落とされています。空間要素は限られたディテールで表現し、人と光の関係を新鮮に映し出す空間を構成しています。

CREDIT

Art Direction: Toshiba Corporation
Product Design & Interaction Design: Toshiba Corporation, Takram
Exhibition Space Design: Ryo Matsui Architects Inc.
Photograph: Daichi Ano
Exhibition: Milan (Italy) Tortona districtDesign Library, April 2227, 2009

© 2012 Toshiba Corporation

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