一冊だけの本を扱う本屋のためのビジュアルアイデンティティ構築
東京・銀座の賑やかな中心街から少し離れた静かな場所に、2015年5月5日、森岡書店銀座店がオープンしました。森岡書店の第一号店である、茅場町店は店舗を構えて今年で10年目。書店兼ギャラリーとして本の出版記念展などを行い、筆者と読者のあいだに「幸福な会話が生まれる場」として訪れる人を魅了し続けてきた。このような活動を次の段階へ進めていくために、「一冊の本からインスパイアされる展覧会を行う書店」として、1月15日に新たに株式会社森岡書店が設立。実現にあたり、株式会社スマイルズ(代表:遠山正道代表取締役社長)が出資およびにプロデュース、Takram がブランディングディレクションおよびにアートディレクションを担当しました。
森岡書店銀座店のオーナーである森岡督行氏は古い本や貴重な本が集まる街、神田古書街で8年間書店員として働いた経歴をもちます。のちに独立し、立ち上げた森岡書店茅場町店で本の企画展を数多く行った経験から、「一冊の本を売る書店」というアイデアにたどり着きました。「一冊だけ」だからこそ生まれる本への深い理解。必然的に生まれる作者と読者の密な関係。本を読む本質的な楽しみがそこに生まれるのでは…
森岡氏の「一冊の本を売る書店」実現を決定的にした不思議な出会いがありました。2014年9月2日、Takramが定期的に開催するレクチャーイベント “Takram Academy” に株式会社スマイルズの遠山正道氏を講演者として迎えました。遠山氏が掲げたテーマは「新しいビジネス」で、参加者が立案した新しいビジネスを発表し、遠山氏が賛同すれば実際にビジネス化へのチャンスが得られる(かもしれない)という趣旨の回に、参加者としての森岡氏の姿がありました。森岡氏は「アトム書房の復活 ⇨ 一冊の本しかない店」と書かれた一枚のプレゼンシートを手に、彼の描く新しいビジネスのプレゼンテーションを行いました。このやりとりが、森岡氏が長年描いてきた新しい書店の夢が現実に近づくきっかけとなりました。
Photograph: Miyuki Kaneko
森岡書店銀座店は、銀座一丁目にある近代建築で東京都歴史的建造物に指定されている鈴木ビルの1階に位置します。鈴木ビルは、かつて写真家・名取洋之助氏が率いた編集プロダクション<日本工房>が事務所を構えていた場所。当時この場所で、名取洋之助氏をはじめ、日本のグラフィックデザインの礎を築いたと言われるデザイナー亀倉雄策氏、山名文夫氏、河野鷹思氏らが集い、対外宣伝(プロパガンダ)のためのグラフ誌「NIPPON」を作っていました。写真やグラフィックデザインとの深い繋がりを大切にしてきた森岡書店にとって、この鈴木ビルを新たな書店の場所として選ぶのは、必然的な偶然でした。
Photograph: Miyuki Kaneko
森岡書店銀座店の構想が実現への一歩を踏み出す瞬間から、その現場の出来事を共有してきたTakramは、森岡氏よりそのブランディングデザインの依頼を受けることになりました。
ブランドロゴには菱形(ひしがた)の図が起用されているが、これはTakramとの初回の打ち合わせに森岡氏自身が持参したラフスケッチがきっかけになっています。検討プロセスでは、菱形以外にも種々の図形やモチーフでデザインの可能性を模索しましたが、最終的には、当初の案に戻ったことになりました。 菱形に込められたメッセージは「開かれた一冊だけの本」と、「小さな一つだけの部屋」の二つ。前者は当初から想定されていたイメージだが、後者はTakramからの新たな提案でした。これは、対話のなかで森岡氏の持つ「場所性」への想いをデザインに結びつけたいと考えたからです。
森岡氏は神田の古書街の書店に勤務していた時代に、のちに茅場町店となる昭和建築の物件を見つけ一目で気に入り、勢いで契約してしまいました。茅場町店の開店後も、決まったロゴやシンボルマークは存在しませんでした。代わりに「住所表記と屋号を同一の書体で記載する」というゆるやかな指定により、各種のパンフレットやウェブサイトなどに表記していました。また銀座店の計画に際しても、遠山氏との共同出資による企業設立に先だって、先述のかつて日本工房が入居していたというビルの「場所性」が両者の決断材料となっていました。
これらのエピソードからもわかる通り、森岡氏は「場所性」、つまり建築や住所そのもの大切に書店を運営してきました。菱形のなかに、この「場所」の側面を持たせられないか – そこでTakramは、図形のなかに「一室の書店の空間」という意味を表現することにしました。
非常にテキストの分量が多いデザインとなっていますが、これは上記のように場所性、住所表記を重んじる森岡氏の想いが反映されているのです。上から、屋号、ブランディングステートメントの一部、住所表記、の全てを以って、一つのブランドロゴとして機能します。
Morioka Shoten: Brand Logo
Morioka Shoten: Bag
森岡書店は、一冊だけの書店です。
一冊だからこそ、解釈はより深く。
森岡書店は、一室の小さな書店です。
一室だからこそ、対話はより密に。
一冊、一室。
森岡書店。
Takramは、森岡書店のロゴのため文字一式をしつらえました。これは幾つかの書体を下地に据えながら、頭文字のMとSをきっかけに、森岡氏のイメージに基づき展開させたものです。
Morioka Shoten: Typeface
森岡書店は、従来のいわゆる書店の枠組みにとどまらない種々の活動を推進していくため、新たに「森岡書店 企画室」を立ち上げました。企画室のメンバーは、店主の森岡督行氏を中心に、BNN新社の吉田知哉氏、Takramの渡邉康太郎・山口幸太郎からなります。今後、商品開発や空間・展示のプロデュースなどを始め、領域を超えて活動していきます。
なお吉田氏は2014年、レナード・コーレン著『Wabi-Sabi わびさびを読み解く for Artists, Designers, Poets & Philosophers』の日本語版を手がけ、巻末エッセーとして森岡氏・渡邉ふたりの文章を編集しました。森岡氏とTakramの出会いは、この一冊がきっかけとなりました。
森岡書店に置かれる本は、一冊だけです。期間は一週間。 そのあいだ、本にまつわる様々なイベントを催します。 主題につながる展示を企画したり、 著者本人を招き、トークや朗読の場を持ったり。 それにより、本の絆が、次第に深まっていきます。
住所:東京都中央区銀座1−28−15 鈴木ビル1階
営業時間:13:00〜20:00 月曜休
電話:03-3535-5020
Photograph: Miyuki Kaneko
Yoshiyuki Morioka
, Kotaro Watanabe,Tomoya Yoshida (AZ Holdings)